暑かった夏が過ぎ行き、瑞穂の国の黄金色の田の風景が広がる秋がやってきました。

皆さま、いかがお過ごしですか。



今回は、モノの存在を考える時に、「モノ」ではなく「自分」を中心に考える様にするべき、という話をしましょう。



まず、人とモノとの関係をみると、モノとは人の手の延長上で道具として快適な生活の手助けをするものであり、また、必需品として人の「生」を支えるものでもあります。

モノの存在は人に不可欠です。



その事実から、人はモノの存在と向き合う時に、無意識のうちにモノの存在に重きをおいて「人の都合でモノの存在を消してはいけない」と考えてしまう傾向にあります。



ところが、片づけをする人には「モノに振り回されずに暮らしたい」という思いがあるわけですから、モノの存在重視の考え方と暮らしへの思いと両方に挟まってしまうと混乱します。


そうなると、モノの処分への決断が鈍り、いつも同じ片づけレベルの中でぐるぐる周り、エンドレスの片づけをしてしまいます。

処分を考えに入れた片づけをする時は、自分を中心に考えてモノと向き合うと上手くいきます。




例えば、「このモノは使えるか?」と考えるのはモノを中心にした考え方ですね。人を中心に考えると「私は使うか?」になります。

モノが使えるかどうかで考えていくと、壊れないかぎり、「使えるモノ」です。となると、手放しの対象になりにくくなります。



一方、「私が使わない」ものであれば、手放す対象になりやすくなります。


さらに、「私が気持ちよさを味わう」 「私が余裕の時間を持てる」 「失敗も私の学び」 「自分美学を持つ」 「私の心地よい空間にする」 「私がストレスフリーになる」など、意識的に中心を自分にもっていく様にするのです。



そうすることで、その時々での「モノ中心」「自分中心」の曖昧さがなくなり、迷いが出ません。

これが納得のモノの処分につながります。片づけは人がモノに対して「片をつけてあげる」ことでもあります。



ちなみに、思い出のモノなどは、その存在で幸せ気分になれるなら、心が使っているからいいのですよ。

これも自分中心でいいのです。



常に優先させるのは、「自分」の心地よさです。



モノに対する考え方を変えていくのも、慣れです。最初は戸惑いますが、だんだん出来るようになるので焦らなくて大丈夫です。

(2020.9)

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