10月になりました。街はハロウィーン色に染まり、二十四節気は寒露から早くも霜降に移り行きます。

いかがお過ごしですか。



うっすらと年末の大掃除の文字が見え始めますが、今回は贈りモノの果たす役目を考えてみたいと思います。

一般的には、モノは道具としての役目を持っています。

それは、人間の手の延長上にあって、人間の力の及ばない部分を担っているという考え方ですが、もう一つ、モノは相手への思いを運ぶという役目も持っているのです。



先日、お父様を亡くされた生徒さんが「父の服を母と整理しましたら、私が送ったプレゼントの数々は箱に入ったままきれいにしまってあって。

お父さんたら…着てくれればよかったのに…と思いました」と話してくれました。

実は私にも同じ経験があります。

私の祖母が逝き、少し経ってから祖母のたんすを整理した時、母からのプレゼントがそのまま箱ごと取ってありました。

母の日の贈り物にはお店でつけてくれたカーネーションの造花まで大事に箱に入っていて…,。




生徒さんのお父様も私の祖母も、気に入らなかったのではなく、もったいなくて使わなかったのでしょう。

送った側は、着てくれればいいのに、と思いますが、お父様も祖母も、プレゼントが送られてきたことで充分幸せを感じてくれたのだと思います。

だから、嬉しくて汚したくなかったのではないでしょうか?




モノにはこの様に、存在で人を喜ばせる役目もあるのです。



持ち主を失ったモノは整理しなければなりませんが、新品の状態で処分するのは、切ない気がしますね。

ですが、このモノたちは、手元に送られた時に役目を果たしてくれたことを知れば、思いも楽になります。




モノを処分しなければならない時、モノの役目について、使う(この場合は着る)だけではなく違う方向からも考えられる様になると、手放し時や手放し方に迷いが出ません。

最初は戸惑うかも知れませんが、少しずつでも、こういう風に新しい考え方ができると片づけは進んでいきます。

考えの切り口を増やして行きましょうね。

I’m sure you will.



※後日談ですが、生徒さんのお父さんの服は、叔父様(お父様の弟さん)の元に行き、私の祖母の服は、今、母が着ています。

長年眠っていた服も思わずの第二のお役目が始まり、張り切っていることでしょう。

(2021.10)

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