実家には古いピアノがある。
私はそのピアノに愛着がないので、処分してもいいと思っていたが、母が処分を嫌がったのでそのままにしてある。

その昔、母は、娘たちにピアノを習わせたいと漠然と思っていた。
そのことを何気なく話題にしたところ、父がポンとピアノを買ってくれた。
普通のサラリーマンだった父が何も言わずに母の思いを叶えてくれた、このことが母には、大切な思い出なのだ。

母の思いをよそに私に思いがないのは、ピアノが好きではないから。
姉妹で通っていた教室では、妹と比べて、進みのよくない私はいつも先生に叱られていた。
先生の笑顔の記憶が全くないほど。5~6年習って、やめてしまったが、挫折感よりもピアノと縁が切れたことでほっとした。

最近、私の講座でのつながりで「ピアノが大好き」という、まりこさんと出会った。
趣味だけで習い続けてきて、超絶技巧曲のラ・カンパネラまで弾いてしまう。

まりこさんは、ピアノにコンプレックスを持っている私に「自分で気持ちよく弾ければ下手なピアノはない」と言ってくれた。
びっくりした。
この言葉を私にさらりと言ってくれる人がいたなんて。

そこから、『練習を始めてピアノが大好きになりました』なら美談だけど、調律していないピアノ、動きを忘れている指、練習嫌いの私、そんな素晴らしいことは起きない。済みませんね…

でもピアノへの思いは以前とは違っている。
私の苦い思いが消え、母の幸せな思い出がグンと前に出てきた感じ。

いつかこのピアノを手放す時、ちゃんと「ありがとう」を言えると思う。
長い時間をかけて、ピアノが今、幸せの物語のひとつになった。
まりこさん、ありがとう😊

〈ひとりごと日記〉その他の記事を下記よりご覧いただけます